法政大学中学校の卒業生に学校のリアルをインタビュー

素晴らしい数学の先生のおかげで理系女子に。生徒会主導で校則も変えられる自主性尊重の文化で育つ

インタビュー日:2023年1月13日

卒業生経歴

法政大学中学 → 法政大学高校 → 法政大学(インタビュー時1年)
今回は数学が好きで理工学部に進んだという理系女子にインタビューしました。元々算数が好きで、法政大学中学校で数学の力を伸ばし、理工学部に進んだ女性です。法政大学中学の校風として「自由と進歩」がありますが、それを象徴するエピソードも聞けました。それでは一部始終をどうぞ。
数学の先生が素晴らしすぎて理系学部志望者が大量発生。理系学部の受け入れ枠を増やしてくれた学校の懐の深さ
ーー理工学部で数学が好きということですが、数学が好きになったきっかけはありますか。 元々小学生の時から算数が好きだったのですが、中学高校でご指導いただいた数学の先生の教え方が上手く、人柄も生徒に寄り添ってくれる優しい先生だったので、さらに数学が好きになりました。 その先生は、中高ずっと私たちの学年の数学をご指導してくれていて、生徒にも人気がありました。そのせいもあってか、高校3年生になって、進学先(法政大学)の学部を選択する時に、理系の学部を選択した生徒が多かったです。 ーー絶大な影響力を持った先生ですね。進学先の学部を検討するにあたって、役立つイベントが開催されると聞いていますが、それらのイベントはどの程度参考になりましたか、 まず、高校1年生の時に1日で3つの大学キャンパスを回って、各学部の教授のお話を聞くイベント(法政大学キャンパス見学会)があって、先生方が専門としている研究分野の話を聞きます。 他にも、高校2年生の時に、大学生のOB・OGの先輩が高校に来てくれます。これも各学部から来てくれるので、興味のある学部の話を聞けます。こちらは大学生がどういう学生生活を送っているのか話してくれるので、よりリアルに進学後の自分の生活を想像でき、進学先を決めるために大いに参考になりました。 ーー多くの生徒が第一志望の学部に進学できるのでしょうか。 詳しくはわかりませんが、私の周りでは半分以上の生徒が第一志望の学部に進学できていたのかなと思います。また、私含め理系は大体第一希望が通っていました。私の学年は、例年に比べて理系志望者がかなり多かったようで、例年の枠数では足りなくなったのですが、学校の先生方が色々調整に奔走してくれて、枠数を増やしてくれたということがありました。 ーーそんなに柔軟に対応してくれるとは驚きです。
入学のきっかけは文化祭で出会った先輩生徒。入学後はブラスバンド部、野球部(マネージャー)に打ち込む。良い恩師との出会いも
ーー少し話は変わりますが、法政大学中学校に入学しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。 大学附属の学校に行きたくて中学受験をしていまして、その中でも法政大学中学校の入試問題は、基礎を固めれば点数を取れたので、問題の相性が良いなと思って選びました。それに家が近いんです。自転車で通える距離なので。 でも一番の決め手は文化祭でした。あるクラスの出し物を見ていた時に、そこにいたお姉さんがとても社交的で明るく声をかけてくれて、こういう人になりたいなと思って、法政大学中学校を第一志望にしました。 ーー入学後、そのお姉さんと感動の再会・・・? してないですね、残念ながら(笑) ーー入学後はどのような生活を送りましたか?勉強重視、部活重視など。 中学の頃は、高校に上がれる成績をとっていればいいやという考えで、取り立てて勉強を頑張ってはいませんでしたが、成績は平均でした。部活が定期テストの1週間前から休みになるので、そこからテスト勉強を一生懸命やるという感じでした。 ーーでは部活を頑張っていたタイプでしたか。 そうです。部活は頑張っていました。ブラスバンド部、他の学校だと吹奏楽部にあたる部に所属して、トランペットを演奏していました。週5日練習がありました。 中学生と高校生が合同で練習するので大人数で迫力があります。また、大会にも中学生と高校生が合同で出るので、中学生でも高校生の部に出ていました。 一つの楽器につき大会に出られる人数は決まっていて、基本的には演奏のうまさで誰が大会に出るか決まるので、時には大会の演奏者として、高校生ではなく中学生が選ばれることもありました。張り合いはありましたが、それが原因で人間関係が複雑になることもあって。 演奏は好きだったのですが、そういう部分に少し疲れて、ブラスバンド部は中学一杯で辞めることにしました。 ーー高校では他の部活を始めたのでしょうか。 そうですね、野球部のマネージャーをやることにしました。 ーーブラスバンド部から野球部とは大きな変更に思います。どうして野球部のマネージャーになったのですか。 ブラスバンド部で悩んでいる時に、よく相談に乗ってもらっていた担任の先生が、私が高校に上がるタイミングで野球部の監督に任命されたんです。それでその先生から、野球部のマネージャーにならないかと誘われたのが理由の一つです。 また、私は元々小学生の時に、選手として野球をやっていたので野球は好きだったんです。マネージャーは高校生からしかできないというルールがあったので、高校生になったからやってみるかと思いました。 野球部の監督の先生には大変お世話になりました。大学の進路の相談をすれば真剣に考えてくれて心強かったですし、普段の学校生活の愚痴なんかも聞いてくれて心が軽くなりました。 ーー野球部のマネージャーとして記憶に残っている思い出はありますか。 特に記憶に残っているのは高校3年生の最後の大会ですね。感動しました。元々法政大学高校の野球部は強くなく、練習試合でも数回しか勝ったことがなかったのに、最後の大会では3回連続で勝ったんです。引退前にこんなことがあるんだなと、とても嬉しかったです。
高校からは希望の進路に進むために勉強を頑張った。苦手な英語克服のために通塾も開始
ーー先ほど中学の頃は勉強にあまり力を入れなかったと言っていましたが、高校の頃はどうでしたか。 高校からは勉強に力を入れるようになりました。というのも、高校の成績は法政大学への進学や学部選択に関わってくるので、自分の希望する進路を選択できるように良い成績を取らなければと思いました。 実際に頑張ったのですが、高校からは、高校入試で入ってくる人もいて、その人たちは基本的には中学から上がってきた人よりも学力が高いんです。ですので、私としては勉強を頑張りましたが、結局成績は平均程度で落ち着いていました。 ーー自分の目的のために高校1年生から勉強を頑張れたのは素晴らしいと思います。その結果、第一志望の学部に進まれたということで、十分成功なのではないでしょうか。塾には通っていましたか。 高校から通っていました。私は中学の頃から英語が苦手だったのですが、法政大学への推薦をいただく条件としてTOEIC Bridgeがおよそ7割以上か英検2級かが必要で、その資格取得に不安があったので通いだしました。自分は高校2年生の時にTOEIC Bridgeを取得しましたが、取得後も普段の定期テスト対策や、塾で大学の情報をいただくために塾に通い続けていました。 ーー学校からの課題は多かったですか。 多くはないと思います。ただ、中2の時に語学研修でオーストラリアに行きますが、それまでに英語のレベルを高めるため、レポートや現地のことを調べる課題があって、それは多くて大変でした。 ーー高校生はかなり自由に授業を選べるという話を学校のホームページで拝見しましたが、詳しく教えてください。 文系と理系で少し状況が違っていて、文系は1週間の授業のうち、6コマ自由に選べる枠があります。理系は数Ⅲが必須で、数Ⅲで4コマ取られるので、残り2コマを自由に選べます。 私は古典が苦手だったので、そのフォローのため、2コマは古典を選びました。また、数Ⅲの勉強が大変で、残り2コマは出来るだけ楽な授業を取りたいと思っていたところ、古典は課題が少ない楽な授業だったので負荷的に丁度良かったという理由もあります。 自由に選べる授業の種類は非常にバリエーション豊かで、毎日決まったテーマについてプレゼンするという大学のゼミのような授業もあれば、簿記検定やパソコン検定などの資格取得のための授業もあって、大学進学後のことを考えてくれているのだと思います。
生徒会主導で校則を変えられるくらい自主性が尊重さている
ーー法政大学中学の校風として「自由と進歩」「自主・自律」があると公式HPで拝見しましたが、そういう雰囲気を感じたエピソードはありますか。 生徒会によって校則を色々変えたことは、自主性を象徴していると思います。生徒会が、生徒の意見を集める目安箱を設置して、学校生活で改善してほしいことを全校生徒から募集し、それをもとに生徒会で話し合って学校の先生に相談していました。 実際に変わったことは色々ありますが、例えば服装に関する制限が少なくなりました。元々靴下やセーターは学校指定のものじゃなければいけなかったのですが、自由に自分のものを着れないと不便なことが多かったので、生徒会が動いたことで、学校指定のものじゃなくても良くなりました。 あとは、女の子は前髪が目にかからないようにとか、肩に髪がつくときは括るようになどのルールが元々はありましたが、それも生徒会が動いた結果、撤廃されました。 ーー校則についても学校側が非常に柔軟に対応してくれることに驚きます。引き続き校則についてお聞きします。携帯電話の扱いはどのようなものでしたか。 持ち込み可ですが校内での使用は禁止でした。使用しているところが見つかると没収されます。しかし高校3年生は、自由選択の授業の中には調査や発表が多い授業があり、スマホで調査したり、スマホで原稿を見ながら発表することが許されていました。 ですので、高校3年生になると休み時間に校内でスマホを使っていても、調査をしているという名目のもと、没収されなくなりました。 ーー高校3年生は自律できているとみなされているのかもしれませんね。
文化祭ではブランスバンド部で大忙し。広島・長崎への修学旅行では平和について考えさせられた
ーー文化祭や体育祭の様子について教えてください。 文化祭ではクラス単位で出し物をします。他の高校の文化祭にも行ったことがありますが、法政中高の文化祭の出し物のレベルの高さに気付かされました。 私自身は中学の頃はブラスバンド部に所属していたので、ステージで演奏したり、裏方の運営をしたりと1日中忙しかったです。でもそれが楽しくて充実していました。 体育祭は、私が中学生のときは、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場という、東京オリンピックで使われた陸上競技場を借りて行われました。高校生のときは学校での開催でしたが、騎馬戦やムカデ競争、台風の目(競技名)などで競い合って面白かったですよ。 ーー修学旅行はどこにいきましたか。 中学生のときは広島と長崎にいきました。広島では被爆者の方にお話を聞く機会があって、ご想像の通り、聞くのが辛い話もありました。でもお話ししてくださる方もきっと思い出すのさえ辛かったはずなのに話してくださって、私はその分しっかり聞いて大変勉強になりました。 それ以外にも学校が決めた行き先が何個かありましたが、それ以外は各班で自由行動でした。長崎ではハウステンボスに行ってとても楽しかったです。 高校生の修学旅行は沖縄かシンガボールに行く予定だったのですが、コロナで海外に行くのは無しになってしまい、行き先は八景島シーパラダイスに変更になりました。仕方がないことですが、残念でした。
自由が尊重される分、生徒には自分を律する能力が求められる
ーー素晴らしい中高生活を送られてきたと感じましたが、学校に対して改善してほしいことがあれば教えてください。 生徒の自由が尊重される分、だらしなくなっている生徒もいるんじゃないかと感じたことはあります。例えば私たちの学年で、生徒会主導で、学校指定の靴下でなくてもOKにしたと先ほど述べましたが、1学年下にはルーズソックスなど、一般的には学校生活に相応しくないと思われるファッションで登校する生徒もいて、そういうことを許すために校則を変えたのではないのにな、と思ったことがあります。 生徒一人一人が、自分の行動によって、法政大学が持っている信頼性に良い影響も悪い影響も与えられるということを認識してほしいと思います。 ーーなるほど。そういう想定外の生徒が増えてきたら、また生徒会主導で校則を厳しめに戻したりして、臨機応変に対応するのかなとも思います。そこまで見越して、学校側は生徒の自主性を尊重しているのかもしれませんね。
法政中学を選んで後悔はしないはず。勉強に、部活に、自分のペースで充実した中高生活を送ってほしい
ーーどういう人が法政中学に合うと思いますか。 自分のペースで学習を進めたい人には良いと思います。大学受験が必要な中高に比べると、本気で勉強しまくっている人の割合は少なめなので、自分が頑張れば頑張った分だけ、その努力に見合った成績がつきやすいです。そして、成績が良ければ大学の学部は選び放題になるので報われます。 ーー最後に、法政大学中学を目指している小学生に激励の一言をお願いします。 法政大学中学を選んで絶対に後悔はしないと思います。自分自身はとても満足のできる中高生活を送れました。中学受験を頑張った小学生の頃の自分に感謝したいです。
その他細かい情報
・食堂について 中学生のときは美味しかった。私が高校生になった時に、それまで食堂を運営していた会社が辞めてしまって、一般的な食堂のスタイル(食券を買って、作りたての食事と交換するスタイル)ではなくなってしまった。 代わりにスクールランチというものになった。クラス全員で食堂に行って、給食を食べるというもの。それが質的にもう少し改善できるのではないかと、個人的には思う。せめてあったかくしてほしい。 ・プールについて 屋外のプールで、中学・高校ともにプールの授業があった。女子としてはよくある意見だと思うが、プールの授業は嫌だった。プールの授業の時期は改善してほしいところ。男子は夏休み前に入っていたが、女子が入るのは9~10月で少し寒かった。 ・退学・留年などについて 附属高校に上がれない人はいなかったが、高校で留年した人は1人だけいたと思う。高校から附属大学に上がれない人も1人いたと思う。推薦の条件である英語資格を取れなかったらしい。 いじめは自分が知る限りなかった。不登校については、学校に馴染めなくて不登校になった人が学年に1人いたかな、という程度。 ・修学旅行以外の旅行について 高校1年生の時に学校で行ったスキー旅行が楽しかった。高校から入学してきた生徒達と友達になって、大人数で大部屋で泊まるのが楽しかった。 携帯の持ち込みは禁止されていたが、みんなダミーの携帯を持ってきてそれを先生に提出し、普段使っている携帯を持ち込むという技を使っていた。昼間はインストラクターの指示に従って真剣にスキー練習をするが、ナイターでは好きな友達とゲレンデをまわって良いルールだったので、特にナイターが楽しかった。 ・部活ルールについて 校則以外にも、部活ごとに、その部で守るべきルールが決められている。例えば野球部のマネージャーはリボン禁止というルールがあった。

インタビュアーあとがき

生徒が校則を変えられる学校ってあるんですね。初めて聞いたので驚きでした。また、本当に良い中高生活を過ごせたようで、「法政大学中学を選んで絶対に後悔はない」と言った時の凜とした顔が印象的でした。
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