大学付属校のリアルとその意義を、慶應義塾湘南藤沢中等部OBにインタビュー
超一流金融マンでありながら、サッカー代表として輝かしい経歴の数々。その原点である慶應義塾湘南藤沢中高等部での教育と大学付属校の真の魅力に迫る
聞き手:
※取材依頼に応えて下さいました
インタビュー日:2023年9月3日
卒業生経歴
・慶應義塾湘南藤沢中高等部卒業
・慶應義塾大学経済学部、ロンドンビジネススクールMBA(ロンドンビジネススクールスカラー表彰)卒業
・新卒でゴールドマン・サックス(戦略投資部)に入社
・現在は英国の投資ファンドOrbis Investmentsの日本法人代表取締役社長
本日は、慶應義塾湘南藤沢中・高等部のOBで、英国ケンブリッジ大学、ロンドン・ビジネス・スクール両校に特待生として合格しMBAを取得された、時国司さんに取材をお願いしました。
時国さんは、新卒でゴールドマン・サックス(戦略投資部)に入社され、現在は英国の歴史ある投資ファンドOrbis Investmentsの日本法人代表取締役社長を務めていらっしゃいます。また、時国さんは元サッカー代表選手、現役代表コーチでもあり、慶應義塾湘南藤沢高等部在学中に台湾代表のキャプテンとしてFIFA U-20ワールドカップアジア予選に出場、社会人になってからも外資金融での激務の傍らイングランドFAナショナルフットサルリーグで活躍されFAカップでアジア人史上初ゴール、FIFAフットサルワールドカップアジア最終予選にも出場されたご経験をお持ちです。 更に、今年からはU-20台湾代表のコーチに就任し、有給休暇を使って代表合宿や大会に参加されています。今年8月には、東アジアユースオリンピックにて、チームを金メダルへと導きました。
時国さんが自らの思いを実現するうえで母校慶應義塾湘南藤沢中高等部がどう貢献したのか、ベールに包まれがちな同校の秘密に迫ります。また、大学付属校人気が高まるなか、昨今の社会の要請に照らした大学付属校のメリット・デメリットなどについても、伺っていきます。
サッカーの代表選手になる夢と、ビジネスパーソンとして活躍するための勉強を両立するために大学付属校を志望
ーー当メディアの主な読者様は、中学受験をお考えの親御さんやお子さん方です。まず、時国さんの生い立ちや、ご自身が中学受験そして大学付属校を目指すことになった経緯について、お話しください。
父が台湾の人、母は日本人で、日台のハーフとして私は台湾で生まれました。1歳から日本で生活しています。小学校1年生でサッカーを始め、母国台湾の代表選手になることが夢でした。しかし、自分がプロで食っていけるわけはない。そのため、A代表よりも、ジュニアユース、ユース、五輪といった世代別代表を思い描いていました。
そうすると、大学受験のための勉強に時間を取られることは避けたい。中学受験で大学付属校に入り、受験のためではなく自分が将来必要とする勉強(英語やITなど)を中心に据えながらサッカーの時間も作る、というアプローチがベスト、という考えでした。そのため、小学3年生の終わりにいったんサッカーを辞め、両親にお願いして、中学受験塾に通わせてもらいました。
ーーご両親に勧められて中学受験を始めたのではなく、ご自身の意思で始めたということですか。
はい。両親とも公立上がりで中学受験というものを知りませんでした。また、父の会社で母も働いていて2人とも仕事が忙しかったこともあり、私自身のことは私に一任してくれていました。今も昔も、マイクロマネージされるとすごく辛くなる性格なので、両親が口出ししないでくれたことは、私にとって大きな救いでした。
ーー塾での成績はどうだったのでしょうか。
入塾テストは準備することなく全員フラットに受けるものなので、一番上のクラスに入れたのですが、自分自身で受験勉強を組み立てるのは容易ではなかったようで、親御さんのサポートがある友達にどんどん追い抜かれ、いったん下の方のクラスに下がりました。
そこから、どうやったら確実に得点できるかを考えるようになり、自然と自分で勉強スケジュールを立てたり、できない問題をできるようにするためのプロセスを確立していきました。時間はかかりましたが、1年後くらいからは、偏差値70台をキープできるようになり、クラス落ちすることもなくなりました。
ーーその成績だと、塾から、御三家をはじめとした進学校を勧められたのではありませんか。大学付属校への強い思いはブレませんでしたか。
6年生に上がってからは、「選抜日特」という、東京の上位30名ほどが集まって特訓するクラスに入ったため、先生方も周囲の友達も、「灘、筑駒、御三家しか考えていない」という空気が漂っており、「大学付属校しか受けない」と言うと、不思議な顔をされました。
そんななか、O先生という、生徒たちからも先生方からも畏敬の念を持たれていた偉いベテラン先生から、個人面談に呼ばれました。所謂「呼び出し」というやつです。そのときのことは、今でもすごく印象に残っています。O先生がこの面談のなかで議題として私に向けてくださったのは、たった1つの質問でした。
「東大に行く理由は何だと思う?」
回答に窮する私に、O先生は明快な答えを示してくれました。
「間口を広げるためだ。」
この瞬間、私のなかで、歯車が噛み合う「カチッ」という音が聞こえたような感覚を覚えました。大学付属校しか受験しないことに対し僅かに残っていた不安も払拭されました。
東大に行けば、将来どんな会社に入りたくなっても、どんな道に進みたくなっても、学歴という面で足切りされることがなくなるし、どんな研究をしたいと思っても、リソースが日本一揃っている、という意味合いだと理解しました。であれば、自分にはそれは必要ないと感じました。先ほど申し上げたように、元来マイクロマネージされることがすごく嫌な性格で、誰かに頼ることをかえって負担に感じてしまうので、学歴に頼って道を切り拓いてもらったりリソースを用意してもらったりすることは、どうせ自分はやらないので、それは必要ないなと。
行きたい会社があれば、自分で準備をしたいし、やりたい研究があれば、必要なリソースは自ら工面するのが自分のやり方だと感じていたので、この面談以降、迷わず慶應義塾湘南藤沢中等部に向けて一直線に向かっていくことができました。(おそらく先生は、進学校を勧めようというお考えだったのだと拝察しますが、逆の結果になりました…。)
大学付属校の真の魅力は、じっくりと「自分の道を自分で切り拓く力」を養成できること
ーー時国さんがお考えになる大学付属校の一番の魅力は何でしょうか。
「自分の道を自分で切り拓く力」を、大学4年間だけでなく、中高6年間も合わせて、10年間かけて養成できる点と思います。 人は皆、性格も違えば向き不向きも異なるので、「成功」の定義も人それぞれであり、必然的に、進むべき道も進み方も、十人十色です。
受験勉強やそこで養われる学力にも相応の意義がありますが、その能力だけで成功できる分野は限定的と思います。自分が進みたい道に必要な能力や経験を早い段階で積んでいくことで、より豊かな人生に近づいていけるのではないでしょうか。学力考査のみによる一般入試は、「一芸入試」と言えるものです。そういった一芸入試のための準備を12歳という早い段階で終わらせ、より長期目線で重要度の高い分野に時間を費やすほうが適している人は、相当数いるのではないでしょうか。
就職活動における選考プロセスを思い浮かべてみるのも、この点を理解するのに役立つかもしれません。学力考査だけで入れる会社はほぼありません。私がやってきた投資の仕事も、企業価値分析が最重要業務である以上、高い学力が必須の領域ですが、それでも学力が入社可否に占める割合はせいぜい半分程度です。
もちろん、「進学校ではできない」というわけではありません。受験勉強と自分自身の長期プランに向けたチャレンジを両立しても確実に東大に行けるような人にとっては、 大学付属校の魅力は半減すると思います。そういう人も相当数見てきました。私が学生時代から仲の良い友人にも、高校サッカーを最後まで戦ったうえで、塾に通うことも特段の受験勉強すらもすることもなく、普段の生活の延長線上で入試に臨んで現役で東大に入った人がいます。仮に私に彼のような能力があれば、大学付属校に絞る必要はなかったと思います。
ただ、それでも、周囲の大半が大学受験を志す環境か、皆が大学受験のもっと先を見据えて長期目線で学生生活を送っている環境か、という点において、私はやはり大学付属校を選択するかもしれません。
ーー早い時期からの詰め込み教育ではないか、と中学受験そのものに対して疑問を呈する向きもありますが、中学受験に対して、時国さんはどのようにお考えでしょうか。
やり方さえ間違えなければ、中学受験は素晴らしいものだと思います。
ーー「やり方を間違える」というのは、具体的にはどういうことでしょうか。
例えば、親のほうがやる気になってしまうケースがそれにあたると思います。「中学受験をさせる」、「勉強させる」というような表現が当たり前のように使われているのを聞くたびに驚きます。「~させる」という構図ならば、中学受験にかかわらず、どんなものであっても、やらない方がマシと思います。どんなことであれ、自分の意志で歩む道だからこそ、気迫がみなぎる。そして、気迫なきところに大きな花は咲かないと思います。
サッカーでも、ある程度以上のレベルになると、「上手いかどうか」で勝敗は決しません。特に代表レベルの試合になると、技術には大きな差はないので、怪我をも厭わないような気迫や、腹をくくって危険地帯に積極的に飛び込んでいく強い決意を持った選手がいるチームが勝ちます。親がやる気満々でサッカーを「させている」場合、子どもは大抵親の顔色を窺ってサッカーをします。かわいそうですが、そこから脱却しない限り、大きく成功するのは難しいように思います。日が暮れても雨が降ってもボールを追いかけまわして、親に「サッカーばかりしてるんじゃない!早く帰って来い!」などと怒られながら、それでもやめないような子どもが伸びます。
「やりたいこと」は、子どもそれぞれに自然と出てきます。親は、それを気長に待ってあげるのが良いと思います。サポートする必要はありませんし、なんなら、反対するくらいで構いません。子どもが本気なら、親が多少反対したいくらいでは折れません。そして、その構図が出来上がったときには、むしろ気迫が生まれます。スポーツであれ、芸術であれ、勉強であれ、同じです。最近は、情報が増えたこともあり、親が先回りして色々考えて、子どもに道を用意するケースが増えているように思いますが、かえって子どもの成長の芽を摘んでしまいます。
ーー中学受験は「詰め込み教育」だから良くない、という議論については、どう思いますか?
「詰め込み」自体は、必ずしも悪とは言えないと思います。 「AIに取って代わられるから、知識を詰め込んでも意味がない」といった論調を耳にしますが、それは違うと思います。頭のなかに色々な知識が多元的に存在している状態でこそ、創造性が生まれると思います。自分の頭で考えるためには、一定の知識が必要です。
また、受験で試されるのは知識だけではありません。情報処理能力や思考力も、存分に問われます。それらの能力も、社会に出てからおおいに役立ちます。特に最初のうちは、求められたことにまずはしっかりと応えられる能力も極めて重要であり、厳しい受験戦争をくぐり抜ける経験は、人生において一度はしておいて決して損はないと思います。
ただし、ポジションが上がっていったり、仕事を作る側、会社を経営する側になると、全く別の素養が必要になってきます。したがって、あまりにも受験で培われる要素ばかり鍛えすぎると、そこに偏ってしまい、デメリットにすらなってくるリスクがあると思います。
したがって、受験勉強は、一回しっかりと経験すれば十分で、早めに終わらせてしまうのがベストと思います。そういう意味で、中学受験というタイミングは最適と考えます。なるべく早めに、より本質的といえる、「自分で道を切り拓く力」を養うための訓練を始めた方が良いと思うからです。試験を受ける側から、学校をつくる側に、メンタリティを移行させるようなイメージです。この点で、早めに受験を終えてしまい次のフェイズへと移行できる大学付属校は、非常に有意義であると考えます。
ーー時国さんは、ゴールドマン・サックスで、投資の仕事の傍ら、採用責任者も務められました。そして、現在も世界各国の社員を「使う」立場にあります。その時国さんの視点から、今日の社会の要請として、「自分で道を切り拓く力」が求められているのだと理解しました。大学付属校でそういった能力が鍛えられる背景について、もう少しお聞かせください。
前提として、決して進学校を否定するわけではありません。(私の妻も進学校出身です。)大学付属校でも進学校でも、そのような人材は育ちますので。ただ、大学付属校であれば、大学受験を目標とすることができないため、否が応にも、独自の目標を定め、自ら行動を起こしていかないと、停滞します。
また、十代が考えられることには限界もあるため、試行錯誤しながら「三歩進んで二歩下がる」ようなプロセスを繰り返すことになる。周囲から評価されにくい。受験なら、仮に点数に表れなくとも、勉強を頑張っていれば一定の評価をされるでしょう。
周囲から評価されなくても、粘り腰で開拓を続けることこそが、「自分の頭で考える」ということの深い部分での意味合いです。欧米では、これを「Contrarian」と呼びます。これが、受験でいくら思考型の問題を増やしても本当の意味で自分の頭で考えていることにはならない理由です。どこまでいっても、それは受動的であり、Contrarianではないのです。Contrarianの土俵に立ち、自分の頭で考えて独自の道を切り拓いていくプロセスこそが、貴重な訓練となります。
また、「探求」という授業を設ける学校もありますが、授業で場を与えられ逐次サポートされるのではなく、自発的に目標を設定し、もがきながら前進していく経験にこそ意義があるため、やはり大学付属校の環境にこそ意義があると思います。 ちなみに、投資においても、Contrarianであることが、リターンを実現するうえで極めて重要です。今回の議題から外れるため、詳述は控えます。
ーー時国さんご自身は、在学中に、周囲から評価されなくても自分の頭で考えて決めた道を進むというContrarianなご経験はされましたか。
高校生の時に、小さい頃からの夢だったサッカーのU-19台湾代表メンバーに選ばれ、キャプテンにもなりました。対戦成績も良く、2年後にはアテネ五輪が始まる状況で、プロを目指し、代表選手として、サッカーのキャリアを歩んでいくべきだというのが、周囲の当然の期待でした。
ただ、私は夢=やりたいことの他に、「やらなければいけないこと」もあると考えていました。それは、家族を確実に養うことでした。サッカーの世界は競争が激しく、怪我のリスクもあるため、一生分を稼ぎきることの蓋然性に疑義があると考えていました。したがって、一旦サッカーを辞め、ビジネスの世界に飛び込むというプランでした。台湾サッカー協会からも引き留められましたし、大学サッカー部からも誘われていましたが、「家族を一生養えるだけの蓄えができたらまたサッカーの世界に戻ってくる」という思いを胸に、自分自身の考えを尊重しました。 これは周りからの評価や批判にとらわれず、自分の頭で考えて行動した、まさにContrarianな経験だったと思います。
ーー信念に従って決断したからこそ、ビジネスの世界でも大きな成功を収めたのですね。その原点は、在学中に自分の人生や目標について試行錯誤した時間にあったと。ゴールドマン・サックスやOrbis Investments、ベインキャピタル、ブラックストーンといった、世界最高峰と言われる外資系投資ファンド、外資系投資銀行の日本法人社長が軒並み慶應の付属校出身者であることに驚きを覚えていましたが、その背景は、大学付属校で培ったContrarianな精神性にあるのかもしれませんね。時国さんご自身含め、慶應の付属校出身者がそのように国際的に活躍できる背景として、学校のハビトゥス(校風や考え方)やカリキュラムという観点からもお話しいただけますでしょうか。
ハビトゥスという意味では、165年前の創立から脈々と受け継がれてきた慶應義塾の「実学」の精神があるかと思います。福澤諭吉が提唱した「実学」とは、すぐに役立つ素養ではなく、「科学(サイヤンス)」を指します。実証的に真理を解明し問題を解決していく科学的な姿勢が、慶應義塾伝統の実学の精神です。
英語やITといった「スキル」の獲得はもちろんですが、それ以上に、日々の学校生活のなかで、重要な社会的課題や自分自身興味をかきたてられる分野を見つけ、「この課題はどうやったら解決できるのだろう」、「このビジネスなら持続的に付加価値を提供できるのではないか」と思考を巡らせながら過ごし、志を持った教養の高い友人たちと議論する6年間は、大きな成長につながります。大学受験がないからこそ、安心して時間をかけて物事の本質に思考を巡らせ、自ら実践してみることができます。そして、その延長で、偏差値を気にすることなく大学の学部を選択し、10年間かけて深掘りできるのです。
例えば、私の場合には、高校生の頃にアジア通貨危機が起こり、危機の背景にいちヘッジファンドの暗躍があったことに興味を抱いたのをきっかけに、自分なりにヘッジファンドについて調べ、「ヘッジファンドと短期金融市場に潜む危険性」という論文に纏めました。逆説的ですが、このときに、「本質を捉えて正しく行えば、投資は素晴らしいものだ」ということに気づき、実際にその世界に入りました。
投資の本質は、投資対象の本源的価値を見極め、価値を大きく下回る価格で購入することによってリターンを実現するものです。このとき、価格はコントロールできないものであるため、投資とは、突き詰めれば「投資対象の本源的価値を見極める行為」であることが分かります。つまり、株式投資であれば、企業価値を分析する行為です。したがって、企業価値を査定するための財務分析や会計の知識があることが第一歩であり、そこから勉強していきました。書籍や雑誌などで「こうすれば儲かる!」、「この株が上がる!」的な投資指南を謳うものがたくさん出ていますが、それらの大半は本質をとらえておらず、「読まない方がマシ」と感じるものばかりです。株価を追っている時点で本質とは程遠いです。
そういった本質に対して高校生の頃から考えを巡らせ、その延長で大学時代(経済学部)を過ごしたので、所謂「就職活動」をすることも、別段の準備やOB訪問などをすることもなく、日々考えていることをそのまま面接で話すだけで内定をとることができました。これが大学付属校の強みだと思います。
社会に出るということは、家族を養っていくということでもありますので、どのような職業に就くか、そこで何をするかは、極めて重要です。1~2年間だけ表面的な就職活動をして職業を決めるのは、大変リスキーです。重要なのは、就職したあと、どれだけの付加価値を実現できるか、であるからです。中高生の頃からじっくりと自分の頭で考えてきた経験は、社会に出た後にこそ違いを生み出します。
慶應義塾湘南藤沢中高等部の世界観そのものが、技能のみならず人間性も鍛えてくれる
ーー付属校の構造的意義について、大変よく理解できました。今度は、あえて少し各論に入って、SFC中高ならではの教育内容について、お聞きしたいと思います。まず、英語やICT教育に力を入れていることで有名ですが、ご自身の英語力やICT能力向上に役立った慶應義塾湘南藤沢中高等部の指導方法・指導内容について教えてください。
今でこそ、様々な学校がグローバル教育、ICT教育を謳うようになりましたが、慶應義塾湘南藤沢中高等部は30数年前にいち早くスタートさせていた学校でした。私も、これに魅力を感じて入学しました。カリキュラムももちろん素晴らしいのですが、慶應義塾湘南藤沢中高等部の世界観そのものが、英語力やICT能力向上にとって最適なものになっています。
まず英語についてです。キャンパス内に多くの帰国子女がおり、彼ら同士普段から英語で話していることも多く、「英語が上手くない方が問題だ」という空気がキャンパス内に流れていることが大きかったです。 英語の授業中に「発音良く流暢に英語を話すのが恥ずかしい」というような空気は皆無、むしろその逆でした。そのような環境に身を置くと、否が応にもレベルアップしていきます。レベル別に、上からアルファ、ベータ、ガンマという3クラスに分けられるのですが、ガンマ出身の友人でも、いま所謂一流企業の海外支社で責任あるポジションに就き英語で活躍しています。
次に、ICT教育についてですが、これも、英語と同じで、在学中にIT企業を興した同級生たちが、さながらシリコンバレーのような空気感を醸成していました。また、同級生には、当時からAIの研究を始めていた猛者もいました。彼はいま理化学研究所でAIの研究員をしていますので、まさに日本を代表するAIの第一人者です。彼とは、今でもたまに食事に行きます。「AIが投資の仕事を代替すると思うか」など、意見を聞いたりしています。
さらに、仮想会社の経営シミュレーションプログラムで競い合う授業があったのですが、どのような意思決定をしたら何点入るか、そのアルゴリズムを解明して、本来の目的とは違った形で満点を叩き出す輩もいました。
30年前当時からプログラミングの授業もあり、まさに最新のICT教育が昔から当たり前に行われている環境でした。そういった環境で、皆自然とITに強くなっていったように感じています。
英語にせよITにせよ、生徒が興味関心を持ったときに利用できる豊富なリソースがあるのが慶應義塾であり、なかでも付属校だからこそどんどんチャレンジすることが奨励されていたのが、SFC中高の強さを醸成していたと感じます。
ーー今度は少しステップバックして、人間教育という観点から、慶應義塾湘南藤沢中高等部が卒業後の人生に影響を与えた、というものはありましたでしょうか。
「独立自尊」や「半学半教」と並んで、慶應義塾の理念の1つとして有名なのが、「自我作古」です。「我より古を作す(われよりいにしえをなす)」と訓み、前人未踏の新しい分野に挑戦し、たとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓に当たるという、勇気と使命感を表した言葉で、慶應義塾の信条となっています。
私が20年間も投資の世界にいるのは、お金を儲けたいからではありません。私は、家族の生活に必要な支出や子どもの教育以外にお金を使いません(贅沢は、子どもの教育にとって百害あって一利なしと考えているからです)ので、お金のためならとっくに辞めていると思います。
日本は色々な分野で世界最先端をいっていますが、投資・資産運用の分野においては、後進国です。日本の資産運用業界に変革を起こすべく、仕事にあたっています。自分なりに、英国と米国で投資を学び、そのなかで「本物」と感銘を受けて学びとってきた資産運用がどんなものなのか、日本の現状と何が異なるのか、どうすれば日本の未来に安心をもたらせるのか、自分なりに道を切り拓いている最中です。
「社長になりたい」などと思ったことも一度もなく、自我作古の精神で日々仕事にあたっていたら、2016年に突然社長にされた、という背景です。このメンタリティで仕事をしてきたからこそ、生き残りが難しいとされる外資金融の世界で、競技としてサッカーやフットサルもやりながら結果的に20年間仕事を続けてこられたのかなと思います。
ーー今日お話を伺って、慶應義塾湘南藤沢中高等部の校風や文化はやはり魅力的だなと、改めて感じました。そのなかで、例えば「自由」というのは、同校のキーワードの1つになっていると思います。同校の自由な校風について、具体的なエピソードがあれば、お話しください。
高校3年生の秋に、FIFA U-20ワールドカップアジア予選に向けた台湾代表に選ばれたのですが、強化合宿や遠征などのために、高校3年生の数ヶ月間、海外に行かなければならなくなりました。通常であれば、学校と関係のない活動のためにそんなに長く授業を休むことは許されないと思いますが、「定期試験には戻ってきて、しっかり成績をとるので」とお願いしたところ、公欠扱いにしてくださいました。
また、生徒や先生方が、出自や性格、観念、興味の範囲など、様々な角度から多様性に富んでいる学校です。各人の得意分野を尊重し、奨励する文化があります。大学受験がないこともあってか、学力が高い順に尊敬されるということもないですし、スポーツができたり容姿が整っていたりする人だから目立つということもありません。それぞれの強みを、それぞれが気持ちよく発揮できる土壌があります。そして、そういった多様性を素晴らしいと思う感性は、社会人になってからすごく活きているように感じます。
在学中に超人的スケジュールを消化できた秘訣は、マルチタスクと危機感
ーーサッカーで代表レベルの活躍をされ、音楽活動などもされながら、英語、IT、投資などの勉強をし、成績も学年トップクラスを維持できたタイム・マネジメントの秘訣、時間を無駄にしないために気をつけていたことがあれば教えてください。
「やらないことを決める」ことを意識していました。また、日常生活のなかでも常にマルチタスクすることを心掛けていました。例えば、歯磨きをする際、読まなければいけない資料に目を通しながら、風呂上がりの頭にタオルを巻いて、スクワットをすれば、「歯磨き、勉強、髪の乾燥、筋トレ」の4つを同時進行できます。もう1つ例を挙げると、勉強は原則として移動中にのみするようにしていました。家に帰ってから勉強すると、例えば「移動1時間+勉強1時間」で合計2時間かかってしまうところ、同時進行にすれば、過ぎゆく時間を半分にできます。
ーー「やらないことを決める」という点について、もう少し教えてください。
例えば、友人と遊ぶのは学校の時間内(休み時間など)に限定したり、敢えて1人で登下校して勉強の時間に充てられるようにしたり、自分の目標に照らして力をかけない教科を設けたり、といったことが挙げられます。
ーー当時の、平日のスケジュール例をお示しください。
午前6時頃起きて学校に行き、授業前にグランドで自主練習(サッカー)、体育館でシャワーを浴びてから授業を受けていました。休み時間に勉強することはせず、友人とキャッチボールしたりバスケットボールをしたりと、気楽に過ごしていました。授業が終わると、すぐにFC町田ユース(現Jリーグ・FC町田ゼルビアユース)の練習に移動、移動しながら勉強して、町田駅界隈でチームメイトと晩ご飯を食べ、練習が終わって帰宅すると概ね午後11時すぎなので、すぐに入浴して寝る、といった感じでした。
サッカーがない日は、バンドでスタジオに入っていました。毎日自宅→学校→FC町田ユース→自宅と、移動時間が合計3時間程度あったので、移動時間に集中して勉強することで、十分な勉強量になっていました。
ーー休みの日はあったのでしょうか。
丸一日休み、という日は、6年間のうちでほぼ記憶にありません。正月も近所の中学校で一人でボールを蹴って練習していました。
ーー毎日相当なハードスケジュールを自発的にこなしていたと伝わってきました。中学受験勉強も自発的に取り組んでいたとおっしゃっていましたし、幼い頃からそこまで自発的に必死で物事に取り組めたというのは何か理由があるのでしょうか。
私の父方の祖父母が軍人の家庭で、内戦を経験したあと、退役軍人が集まった村に逃れました。私もそこで生まれました。ですので、生活は常に節約。祖父からはいつも「競争力とは、どんな環境でも生きていける強さだ。道端の雑草を喜んで食って生きられるかどうかだ」と教えられて育ちました。
そういった環境で育ったので、物心がついたときには「何としてでも家族を養わなければいけない」、「困難に負けずに自分の道を開拓しなければいけない」という精神が身についていました。それが、幼い頃から自発的に行動できた理由の一つだと思います。
また、どれだけ仕事で前進しても、いつ困難が訪れて餓えるかわからないという危機感が常にあります。業界柄、「どんな広い家に住んでいるのか」、「どんな車に乗っているのか」などと聞かれることがちょくちょくあるのですが、家も車も買ったことはないですし、一日の食費も概ね合計1,000円以内、移動は3km以内ならほぼ徒歩、それ以外は原則として電車かバスです。飲み物も概ね水道水しか飲みません。
タイムスリップしてもう一度中学受験をするとしても、迷わず慶應義塾湘南藤沢中等部を志望する
ーーどのような性格・能力の人が慶應義塾湘南藤沢中高等部にフィットすると思われますでしょうか。
多様性に富んだ学校ですので、どんな方でもフィットすると思います。1858年の創立から、165年もの長い歴史を持つ慶應義塾ならではの懐の深さは相当なもので、どんな性格・能力の方でも活躍できる土壌があるからです。能力の方向性も人それぞれであるべきだという文化があります。
一方、「フィットしない方」がいらっしゃるとすれば、「慶應ブランドのために入学しよう」、「大学受験がない学校に行って楽をしよう」という場合かと思います。そのようなメンタリティでは、SFC中高の良さを活かせないので、わざわざ通学する意味がないと思います。また、これは慶應に限らず、「大学ブランドに頼って生きていこう」という考えだと、結局社会に出てから自立心を持った人たちにどんどん追い抜かれ苦悩することになってしまうと思うので、良い大学に入って間口を広げても、かえって産みの苦しみになると思います。
ーー時国さんは、今でも毎年慶應義塾湘南藤沢中高等部で講演をされていますので、長きにわたり学校の変遷を見てきていらっしゃいます。ご自身がご入学された30年前と比べて、学校の雰囲気やレベルはどう変わってきていると感じますか?
私が入学した30年前よりも、年々レベルアップしていると感じます。生徒さんの知性や積極性に感嘆するばかりで、「今の時代に学生でなくてよかったな」と思わされることが多々あります。講演では、ゴールドマン・サックス時代に実際に私が取り組んだ投資案件を題材にしたケーススタディを通じて、表面的なスキルではなく、投資の本質に迫るインタラクティブな講義をしているのですが、生徒さんの思考の深さや視点の鋭さに、毎年舌を巻いています。この講演を通じて投資に興味を持ち、ご自身でも投資を深掘りしていく生徒さんが毎年いらっしゃり、講演を聞いた方々が弊社に入社されるケースも出ています。
また、レベルの高い生徒さんが多い一方で、過度に競争的にならずお互い敬意を持って助け合う様子にも、感銘を受けています。全体的に、明るく穏やかな空気感のなかで、それぞれが自分自身のチャレンジを謳歌しているというのが、同校の印象です。
ーー時国さんのような社会でご活躍中の諸先輩方が、母校とのつながりを持ち続けてくれる、いわゆる縦のつながりが強いのですね。モデルケースとなる人物が多数いらっしゃることは、人生設計を考えるうえで、大きな利点だと思います。一方で、同世代のつながり、いわゆる横のつながりについてはどうでしょうか。
横のつながりも強く、毎年のように同級生と集まっています。最近ですと、トロント大学で博士号を取得した友人や、先にも述べたAIの第一人者として活躍している友人と会って、色々な話をし、とても勉強になりました。また、友人が事業を始めたら、その商品やサービスを使ってみてみんなで応援するというような仲間意識があります。
ーー卒業後も母校や同級生とのつながりが強く残り続けるのは心強く、また人生を豊かにしてくれると思います。ここまでのインタビューで、充実した学生生活をお過ごしになったことが伝わってきました。もしタイムスリップしてもう一度中学受験をするとしたら、慶應義塾湘南藤沢中等部を受験しますか。
はい、迷わず慶應義塾湘南藤沢中等部を受験します。当時も慶應義塾湘南藤沢中等部が圧倒的第一志望でしたが、そのとき以上に自信を持って第一志望として受験します。
ただ、もちろん、個々人の目標や性格次第で、最適な学校は異なります。また、どんな学校、どんな選択であれ、「正解かどうか」よりも「正解にするかどうか」が重要と思いますので、ご自身に合った学校を見つけて、縁のあった学校を最大限楽しんでいただけたらと思います。
10年ほど前から、NPOの活動で、日本全国色々な学校を回って自分なりの経験をお伝えするボランティアを行っているのですが、素晴らしいなと思う学校が、日本全国に本当に多数存在します。そして、これは、偏差値とは相関していないと感じます。即ち、偏差値が高いから良い学校とは限りませんし、逆に、偏差値が低いから学校の質が低いなどということも、全くありません。綺麗事を並べているわけではありません。偏差値に拘らず、自分に合っていて、自分が成長できる中高を選ぶことが重要と思います。偏差値などというものは、世界中で日本しか使っていない、偏った指標です。
どんな学校であれ、読んでくださった皆様が、将来「あの学校に行って良かった」と思える受験ができることをお祈りします。
ーーその他、慶應義塾湘南藤沢中等部の受験を検討されるご家庭や受験生にお伝えしたいことがあれば、最後に是非お聞かせください。
中国の古典「易経」は、平和な世にあっても戦乱を念頭に鍛錬すべきと説いています。今後、戦乱とはならないまでも、混乱の時代に突入することはほぼ間違いないとみています。
その理由は、世界金融危機以降、15年間もの長期間にわたって各国中央銀行が金融緩和を繰り返してきたことによる歴史的カネ余りが、強者も弱者も生かす異常な時代を形成してきたことです。そんな異常事態は、必ず終焉を迎えます。
さらに、ついに日本を含む世界各国でインフレが起こり始めました。インフレ下では、もうこれ以上金利を下げることは困難であり、むしろ利上げの方向と考えるのが自然でしょう。そのため、歴史の転換点はもうすぐそこ、あるいは既に到来していると感じます。長期間にわたって爆発的好景気を人為的に無理矢理演出してきた以上、今後は未曽有の大不況が到来すると想定すべきです。
そして、混乱の時代においては、これまで「良し」とされてきたものが崩壊する可能性があります。偏差値や学校のブランドなども、例外ではありません。例えば、偏差値が高い学校に入って喜んでいたら数年後には凋落していた、ということも十分にありえます。偏差値や学校のブランドなどという表面的なものに自分の価値を見出してしまうと、アイデンティティ・クライシスを起こすリスクがあります。
自らに由って立つ人材になるべく、自分自身の頭で考え、自分に合った道を切り拓いていく力を養うための訓練を、一刻も早く始めるべきと考えます。他者が作成した問いに正確に回答するスキルを磨く訓練にも一定の意義はありますが、そればかり過度に繰り返すことはリスクを伴います。その段階から早期に脱却し、自立した人間になるための訓練を積むことが肝要です。
そういう意味で、大学付属校には大きな意義があり、慶應義塾湘南藤沢中・高等部は、これからの混乱の時代を生き抜く自立した人材を育てることに長けた、素晴らしい学校であると感じます。